『ユージニア』(恩田陸)を読みました。
恩田陸さんの作品は、『夜のピクニック』など、いくつか読んだことがありました。
恩田さんの作品には、独特のやわらかな世界観が展開されており、好きな作家の一人です。
その恩田さんが、ミステリーを書いているということで、興味を持ち、読んでみました。
「きっと、単なる謎解きミステリーではないだろう。」
その期待は、裏切られませんでした。
盲目の女性を中心に、ミステリー(謎)と独自の世界観が融合し、物語が展開されていきました。
その反面、犯人がはっきり書いていないため、結局犯人は誰なの?と思った方も多いと思います。
また、題名の「ユージニア」というのは、一体何だったのかも、気になります。
この記事は、そんな方に、私が思う犯人の考察をお届けしたいと思います。
これが唯一の正答だと言うつもりはありません。
解釈の一つとして、楽しんでいただければと思います。
核心部のネタバレは避けますが、未読の方はご注意ください。
あらすじ
石川県金沢市の名士である青澤家で、大量毒殺事件が起きます。
送り届けられたお酒を、青澤家の家族や親族、近所の人たちで乾杯した直後、皆がもがき苦しみ、17人もの人が死亡しました。
現場には、「ユージニア」という言葉が出てくる詩のような一通の手紙が残されていました。
事件から数か月後、精神科への通院歴を持つ一人の男が自殺します。
その男の遺書から、犯人はその男だと断定され、事件は決着します。
事件からしばらく経ち、青澤家の唯一の生き残りである、盲目の少女(青澤緋紗子)や当時の近所に住む関係者などを取材した、一冊の本が出版され、ベストセラーになります。
本書では、そのベストセラーとなった本をもとに、当時の関係者に話を聞いていき、真相に迫っていくという流れになっています。
犯人は誰なのか
実行犯については、最初から明らかにされています。
精神病を患う青年が、青澤家に毒入りの酒を届けており、後に自殺しています。
青年に命じて、毒入りの酒を届けさせた犯人は誰なのかということが、本書の謎となっています。
結論を先に言いますと、犯人は、青澤 緋紗子(あおさわ ひさこ)だと思います。
なぜ、緋紗子が犯人なのか。
その理由を順にご説明します。
緋紗子という人物について
緋紗子は、事件当時、中学1年生で、青澤家の長女であり、家人の中では唯一の生き残りです。
緋紗子は、小学校入学前にブランコからの転落事故が原因で盲目になります。
この時、緋紗子は、おまえの何かと引き換えに世界をやるがどうだいと、誰か(悪魔)から話しかけられ、彼女は取引に合意し、自らブランコから手を離したと言われています。
緋紗子は、盲目になったことを決して後悔していません。
夕暮れ時にブランコに乗っている緋紗子が、満面の笑顔でブランコをかなりの高さまで漕いでいるのを目撃されていることからも明らかです。
さらに、緋紗子は大人になってから、臨床実験に参加し、視力を取り戻しました。
見えるようになってどうだったかと聞かれた緋紗子は、「あまりの美しさに幻滅したわね」と答え、それまでの私の世界の方がずっと面白かったから、暫くなじむことができなかったと語ります。
つまり、緋紗子は目が見えなかった時のことを、肯定的に捉えていたのです。
緋紗子が盲目であることは、犯行に及ぶ決定的な要素になります。
ですが、盲目になったことを恨んで犯行に及んだということではありませんので、その点は注意が必要です。
被害を受けた青澤家について
なぜ、盲目の緋紗子は、自分の家族や親族、付き合いがある近所の人達を毒殺したのか。
それを解読するためには、まず、被害を受けた青澤家とはどういう家であったかを理解する必要があります。
青澤家は、大きな権力を持っており、周りから尊敬を集めていた家でした。
本書では、いわゆる「見える」人間が集まっている家だと書かれています。
一方で、地域の人たちは、その陰に隠された「見えない人間」でした。
青澤家は、その「見えない人間」の青澤家に対する奉仕と忠誠を当然のものと思うようになったと書かれています。
青澤家は、「見えない人間」が何を考えているか、どれだけ存在しているか、想像しようとしなくなったと、関係者の一人が語っているのです。
実行犯の青年と緋紗子の関係について
事件の実行犯である青年は、「見えない人間」でした。
青年は、蕎麦屋のショーウィンドウに飾ってある古びた掛け軸をじっと眺めます。
そこには、「三つ目の目」(白毫)が描かれていたからです。
青年は、自分も「見えたい」と思い、第三の目を探していました。
そして、緋紗子もまた、「見える人間」の集まりである青澤家の一員でありながら、自ら盲目となった「見えない人間」でした。
青年と緋紗子は「見えない人間」であり、青澤家は「見える人間」の集まりです。
この、「見えない人間」と「見える人間」という構図が、事件の構図となっているのではないかと思います。
犯行の動機について
この事件は、「見えない人間」である緋紗子と青年が共謀し、「見える人間」の集まりである青澤家の人々を毒殺したというのが、事の真相だと思います。
緋紗子は青年に語っています。
青澤家は、天使が通る隙間もない家だと。
「天使が通る」というのは、何人かでお喋りをしていて、ふっと全員の話が同時に途切れて静かになってしまった瞬間のことを言うらしく、青澤家ではいつも誰かがいて、うるさくて、天使の通るような時間がないと。
盲目で「見えない」人間である緋紗子にとって、青澤家はとても居づらい場所だったのでしょう。
「一人になりたい。せめて、この人と一緒にいたいと思う人といたい」と、緋紗子は青年に語ります。
一人だけの国に行きたい。せめて二人だけの国にと。
「二人」が誰なのか、はっきりとは書かれていませんが、「見えない人間」同士である、緋紗子と青年の二人のことを指すのだろうと思われます。
緋紗子の母親について
緋紗子の動機として、もう一つ、触れておきたいことは、母親の存在です。
母親は、敬虔なクリスチャンだと語られています。
そして、母親の部屋である青い部屋、神様にお祈りをする部屋で、緋紗子は母親に厳しく監視されながら、ずっと立たされています。
おそらく母親は、緋紗子が悪魔と取引をして、視力を失ったことを見抜いていたのかもしれません。
だから、緋紗子に厳しく懺悔を迫り、再び見えるようになることを紙に祈るように強制したのだと思います。
母親が犯人だという説もありますが、母親は、緋紗子が家族を殺害する一つの動機になったものとして描かれていると解釈しました。
「ユージニア」の意味とは
現場には、『ユージニア』という意味不明な言葉が書かれた一通の手紙が残されていました。
ユージニアとは、緋紗子とこの青年との二人だけの友情で結ばれた理想の国のことで、友情とユートピアの造語だと思われます。
そして、それは、緋紗子が「これ、恋文ともとれませんか」とぼそっと言ったように、青年が現場においた、緋紗子への恋文のようなものだったと考えられます。
青澤家の人々を毒殺し、緋紗子が語った「二人だけの世界」を実現したよという、青年が緋紗子にあてたメッセージだったのでしょう。
おわりに
いかがでしたでしょうか。
そして、読んだ皆さまは、どうお考えになったでしょうか。
この作品は、犯人は誰なのだろうとか、動機は何だろうとか、いろいろ考えさせてくれることに最大の魅力があるのかもしれません。
緋紗子が見ていた世界は、どんな景色だったのだろう。
人それぞれの感じ方で、心にいつまでも余韻を残してくれる、名作だと思います。
