📁ミステリー小説、新鋭の注目小説 【私の評価】★★★★☆(80点)
1.あらすじ
第26回日本ミステリー文学大賞新人賞の受賞作です。
あらすじですが、地方銀行に勤めていた中年男性の後藤は、飲酒運転で事故を起こして首になります。
意気消沈しているところに、悪徳刑事の高峰に声をかけられ、「60%」という会社名の投資会社をまかされることになります。
実はこの会社、マネーロンダリングのために設立された、暴力団の若頭である柴崎とその手下の粕谷が操るフロント企業でした。
そして、柴崎は中国系マフィアと麻薬取引でのいざこざを起こし、粕谷、高峰、後藤はその抗争の渦に巻き込まれていきます。
とてもスリリングな展開となっています。
2.魅力的な点
(1) 冒頭のシーン
魅力は何と言っても冒頭のシーンです。
粕谷がドラックをやりながら、女性と交わるシーン。
そして、情事が終わった明け方の裏通りで、チンピラに絡まれた粕谷が、完膚なきまでにボコボコにするシーン。
そうした動のシーンが冒頭に展開した後、一転して、銀行員を首になって検察官に取り調べられ、意気消沈している後藤の静のシーンとなり、対比に驚かされます。
全く別の世界に住んでいる粕谷と後藤は、普通は決して交わることがない人物です。
その二人を、若頭の柴崎と悪徳刑事の高峰が、裏でつないだことで、物語が動き出します。
物語の始め方としては、これ以上ないほど、素晴らしい思います。
(2) 若頭の柴崎の描き方
この小説の魅力は、何と言っても、柴崎にあります。
柴崎は、スマートで冷徹で、紳士的な男です。
いかつくて、暴力をすぐ表に出すタイプとは真逆に描かれています。
柴崎の描き方は、読んでいるだけで、魅力的で惹きつけられてしまいます。
それだけ作者の筆力が素晴らしいのだと思います。
アウトローの魅力や暴力シーンを描かせたら、この作者の作品は一級品だと思います。
3.気になった点
素晴らしい作品であることには間違いないのですが、4点ほど、気になる点がありました。
少し多いのですが、それだけこの作品に惹きこまれたからこそだと思います。
(1) ミステリーなのかについて
広義のミステリー小説だとは思いますが、この作品の謎は何だったのかがはっきりしません。
しいて言うなら、「60%」という会社の名前が謎だということなのでしょうが、登場人物の誰もその疑問にこだわっているわけではありません。
もちろん、最後に、どんでん返しは用意されているのですが、最初に何を謎として物語を展開していくのかという点を、もう少しクリアにしていただければ、もっと楽しめる作品になっていたのではないかと思いました。
(2) 「60%」という会社名について
作品の題名にもなっている「60%」について、当初はマネーロンダリングの換金率を表していることが示されます。
ですが、物語の最終盤で、実は別の意味があったことが明かされるのですが、それがどうもしっくりきませんでした。
新しいやくざを描きたいという作品の狙いは、当初から伝わってきましたが、その帰結しても、あまり納得いくものではありませんでした。
(3) 後藤について
後藤は、中国マフィアの抗争に巻き込まれ、さらわれて、拷問されます。
拷問される後藤は、普通は泣き叫び、すぐに口を割るだろうと思ったのですが、後藤は達観して、笑いさえするのです。
この点は、どうしても不自然に感じました。
後藤は、家族とも離縁して、失うものがなく、柴崎に惹かれてこの道に入りました。
ですが、それも最近のこと。
その前の何十年も堅気の銀行員として生きてきた中年男性が、初めての残忍な拷問に、こうも腹をくくって対応できるのだろうか。
圧倒的な暴力や痛みに直面して、もっと動揺し、逡巡し、後悔し、悪あがきする、人間の真の姿を見せた方が、リアルでよかったのではないかと思いました。
(4) チャオズについて
この物語ですが、残り僅かというところで、最後のどんでん返しがあります。
ネタバレになりますので、書きませんが、その点についても、1つだけ、違和感がありました。
最後に登場する人物と、チャオズという中国系マフィアとの関係についてです。
実は兄弟ということが明かされますが、読んでいる方としては、そこの関係性に気づけるわけがなく、明かされるまで、容姿が似ているなどのヒントもありませんでした。
読者に対して、この点はアンフェアかなと思うので、その人物をもう少し物語の中間あたりで登場させて、チャオズとの関係を匂わせるヒントがあってもよかったのではないかと思いました。
4.おわりに
この作品は、アウトローの魅力の描き方、暴力シーンの描き方について、一級品だと思います。
一方で、ストーリーや謎の設定という部分では、うーんと思うところもありました。
とはいえ、飛びぬけているものがあったことは間違いないですし、よく考えて複雑な線をはりめぐらせていますので、誰にでも書ける作品ではないと感じました。
楽しめますので、是非、ご一読ください。