『人間狩り』大塚理人
📁ミステリー小説 【私の評価】★★★★★(90点)
この本を手に取ったきっかけは、その題名の激しさからでした。
「人間狩り」
最近では、世の中の悪いと思うことに対して、カメラ片手に突撃して撮影して動画としてアップする行為は、珍しいものではなくなりました。
今や、You Tubeなど動画配信サイトなどにおいて、突撃系You Tuberなどにより、そのような動画が数多く出回っており、多くの再生回数を得ています。
本書は、第38回横溝正史ミステリー大賞優秀賞を受賞していますが、本書においても、警察官ではない一般人が、世の悪事や罪を暴いていくことを描いています。
この作品は、2017年11月に応募されていますので、今から6年前に書かれたことになります。
最近では、私人逮捕系You Tuberの逮捕が相次いだというニュースもありました。
一般の人が、悪いと思ったことを、動画に撮影して晒して、広く支持を集めていこうとする行為は、加速しているように感じます。
そのことについては、賛否両論あると思いますし、一概に良い、悪いということを決めることができる単純なことでもないようにも思えます。
本書も、善悪と言った簡単な結論は出していません。
ですが、本書を読めば、そのような行為は、取りも直さず「人間狩り」になるということを、私たちに突き付けている気がします。
そして、そのようなことにつながってしまうことについては、安易な気持ちでは絶対にやるべきではないということだけは言えるのだろうと、本書を通じて感じます。
ご自身の考えを深めるためにも、本書はおススメですので、是非、ご一読ください。
また、さすが優秀賞を受賞しているだけあって、ミステリー作品としても一級品です。
犯人や事件の構図は最後まで予想がつきにくくなっていて、よく考えられています。
現代的なテーマを正面から描きつつ、ミステリー的な謎を展開して、重くなりすぎずに読み進められて、しかもちゃんと読み応えがある、そんな良い作品だと思いますので、おススメです。
ちなみにですが、お時間ある方は、もう少しお付き合いいただき、この作品の表紙の絵の素晴らしさについて触れたいと思います。
「人間狩り」の初版は、もう希少となっているようですが、その表紙の絵が、秀逸だと感じました。
この本の表紙の絵に注目してください。
おそらく、これは作中の龍馬という青年がモデルになっていると思われます。
龍馬は、世の中の悪を撮影して、動画にあげて、糾弾する活動を行う若者です。
この絵ほど、この作品の本質を表しているものはないと感じます。
本の表紙の絵は「装画」というのですが、装画に心を奪われたのは、別の記事で書いた綾辻行人さんの「Another」の装画を見て以来のことです。
「Another」は、鮮やかな蒼い目をした少女の顔を装画とすることで、その作品の独特の雰囲気を鮮明に表現していました。
一方で、「人間狩り」の初版のこの装画は、この作品の雰囲気ではなく、この作品で表現したかったことの全てを、この絵で表現できているのではないかと感じました。
手にビデオカメラを構えて、こちらを鋭い目つきでじっと見つめてくる青年。
まず、目につくのは、青年が持つビデオカメラの赤い光です。
赤色は警告。まず、そこに目がいきます。
しかし、それよりももっと不気味なのは、カメラの後ろにある青年の目です。
じっとこちらを観察する目。
こちらが品定めをされているように感じます。
青年の顔の向かって左目は、影を帯びて黒く曇っている一方で、右目は影が薄まって白く、対照的となっています。
まるで、黒い目と白い目とで、善悪を見極めようとしているかのようです。
そして、青年の姿勢です。
カメラを撮るときは、通常は立って、対象者に向かい合って撮ることが多いと思います。
しかし、この絵では、青年は床に手をついて、下から覗き込むようにして撮っています。
低い姿勢からじっと見定められるというのは、こうも恐怖心を煽られるものなのかと思います。
しかも、下半身は左を向き、上半身だけをこちらに向けています。
被写体を撮るために、上半身を動かしている。
つまり、こちらを意図的に撮っているぞという意思が、青年の姿勢からよく伝わってきます。
最後に、青年が後ろに担いでいる緑色のものです。
パッと見た感じは、リュックなのだろうと思えますが、デフォルメされているのでわかりません。
その緑色は、色彩的にやけに目立ち、そして大きいのです。
これは、もしかすると、青年が背負っているものを抽象的に表現したものなのかもしれない。
モデルとなったと思われる龍馬は、動画をとって晒すことに伴う賞賛、批難など、様々なものを背負います。
と同時に、龍馬自身も、幼少時代の過酷な経験を背負っていることも明らかになります。
そういったものをすべて背負いながら、カメラをまわしている、そういうように思えるのです。
装画を書いた方は、西川真以子さんという方のようです。
この作品の本質を深く理解した上で、絵に的確に表現する能力、本当にすごいと感じました。