『ラウリ・クースクを探して』宮内悠介
📁感動小説 【私の評価】★★★★★(98点)
みなさんは、エストニアという国をご存じでしょうか。
ロシアと国境を接している小さな国、エストニア。
この作品の舞台は、まさにそのエストニアです。
私がその国の名前を耳にしたのは、あらゆる行政手続きがオンラインで簡単にできる電子政府を構築している国があるらしいということでした。
あまり有名ではない、先進国とは言えない小さな国で、なぜ、そのような電子政府が構築されたのか。
本作品は、「ラウリ・クースク」という一人の名もない人物を探すことを通して、その答え、そしてエストニアという国そのものに迫る物語となっています。
エストニアは、歴史的に旧ソ連時代を含めて、ロシアの影響抜きに語れない国です。
第一次世界大戦末期の1918年にロシア帝国より独立しましたが、第二次世界大戦中の1940年にソビエト連邦により占領され、翌年にナチス・ドイツが占領しました。1944年には、ソ連により再占領・併合され、その後のソビエト連邦の崩壊により、1991年に独立を回復しました。
常にソ連やロシアの侵略、脅威にさらされてきた国。
このためエストニアは、ITに活路を見出します。それはまさに国や国民の存続をかけたものです。
例えば、国外の外国人にネットで行政サービスを提供する電子居住権をはじめ、多くの外国人に登録してもらうことで、エストニアに好意的な人を世界で増やし、ロシアに対する抑止力を高める狙いがあるようです。
また、本作品でも登場しますが、戦争や災害に備えて、国民のデータを保管しておく「データ大使館」を2018年にルクセンブルクに設置し、例え国が侵略されても、エストニア国民のデータの完全性を保証し、データとして永遠に生き残るという戦略をとっています。
データがしっかり守られるということは、とても大切なことです。
例えば、戦争や侵略で、全てが破壊しつくされた時、この国にどのような人がどれくらい生きていたのかというデータが無くなってしまえば、そもそもそのような人達は存在していなかったことにされる恐れもあります。
だから、国や国民のデータを、ちゃんと完全な状態で保管しておくということは、国・国民が確かにそこにあるというために、絶対的に必要なことなのです。
ロシアによるウクライナ侵攻に直面している今、そんなエストニアの行動は、どこか遠い国の話ではなく、日本も含めた私たちにも突き付けられている話だと思います。
エストニアの国家の生き残りをかけた取組について、「何もそこまでしなくても」とは、誰も言えない時代になっているのではないでしょうか。
本作品は、そうした重い時代背景を背負いつつ、「ラウリ・クースク」という一人の名もない一般市民の姿を通して、世界の情勢に翻弄され、引き裂かれ、それでも現実に向き合って生きていく人の姿を描いています。
ソ連やロシアの戦車がやってくると怯えながら暮らす日々がどのようなものか、本作品を通じて、エストニアやヨーロッパの置かれている状況をまざまざと感じられ、そして最後はしっかりとした感動がある、素晴らしい作品だと思います。
おススメです。