ヒップホップと母 「レペゼン母」

新鋭の注目小説

『レペゼン母』宇野碧

📁新鋭の注目小説 【私の評価】★★★★★(100点)

「レペゼン母」の感想と評価

読み終わって、すごかったなと思いました。

一言で言うと、あらゆる面で「本気」が感じられた作品でした。

詳しく感想を書きたいと思います。

1.あらすじ

題名に「レペゼン」という聞き慣れない言葉が入っていましたので、最初は毛嫌いしました。

ですが、「レペゼン」というカタカナと、「母」という日本語を代表するようなドメスティックな言葉が組み合わさっていて、一体どんなお話なんだろうとの興味の方がまさってしまい、手にとりました。

これが大正解でした。

自分が知らないもの、普段は近寄らないようにしているものにこそ、面白さがあることを再認識しました。

ストーリは、ひょんなことからヒップホップのMCバトルに出ることになった、梅園を経営するお母さん(明子)のお話です。

明子は、義理の娘の沙羅と一緒に暮らしています。

明子の息子の雄大は、沙羅と離婚してから音信不通になっています。

雄大は、刑務所に入り、借金を背負い、連帯保証人の明子がそれを支払うという、どうしようもない息子です。

早くに夫を亡くした明子は、雄大を厳しく育ててきましたが、どこか心はすれ違ったまま、こんな大人になってしまいました。

そして、久しぶりに見つけた雄大は、ヒップホップのMCバトルに出ていました。

息子と本当の会話をするために、明子は息子とMCバトルで対決することを決意します。

結末まで一気読みができてしまうほど、楽しめる作品になっています。

2.レペゼンとは?

この本の題名になっている、「レペゼン母」ですが、レペゼンとはどういう意味でしょうか。

よく耳にするものの、私自身、どういう意味か知りませんでした。

この本を読んで、レペゼンとは「〇〇を代表する」というヒップホップ用語だと知りました。

ラッパーが自分の出身地を誇りに思い、パフォーマンスで表現する場合に、『レペゼン〇〇』と、地名を入れて使うようです。

本作品にも、レペゼンの言葉の意味が紹介されており、ヒップホップは地元主義で、元々MCバトルも地区同士の争いから始まっているから、単に代表っていうより、背負っているってニュアンスと紹介されています。

そして、この作品の題名となっている「レペゼン母」とは、「母親の代表」という意味になります。

母親を背負っているという感じでしょうか。

3.感想(この作品の魅力)

とても面白かったです。

私はヒップホップには全く疎い素人ですが、この作品を読んで、感動しました。

ヒップホップを知らない人にこそ読んでほしい作品です。

この作品の魅力は、大きく2つあると思います。

① MCバトルが最高

一番感動した箇所は、本作品の中に出てくる、MCバトルの言葉です。

本ですから、リズムなど頭の中で想像するしかないのですが、バトルで交わされる激しい言葉の応酬が、読んでいるだけでも伝わってきました。

文字数が限られる中で、その言葉たちは研ぎ澄まされています。

その言葉は、自分の生きてきた道のり、経験、そしてこれからの未来を背負って吐き出された言葉だからこそ、読んでいて重く刺さりました。

そこには、単に境遇が悪い中を生きていた人たちが、お互いを罵り合っているというものを超えるものがあります。

評価するのは観客です。

単に境遇が悪い、不幸だと喚いているだけでは、誰もノッてきません。

想い、決意、衝動、感情などを言葉に乗せて、観客や相手に全力でぶつけていく必要があります。

しかも、MCバトルは相手がいないと成立しません。

相手がいるからこそ、より面白くなります

相手を叩きのめすのではなく、相手のことをよく知ることから始める。

スポーツの世界でも、相手やライバルがいないと、競技が成り立たなかったり、面白くなかったりします。

MCバトルも、これと同じです。

この作品に出てくるMCバトルの言葉たち、素晴らしかったです。

② みんなが本気!

MCバトルに出場する人も本気。

明子も沙羅も雄大も本気。

みんな、悩みながら、本気で生きています

そして、何よりも、作者の本気度が伝わってくる作品でした。

展開もよく考えられています。

明子がMCバトルに参戦することになるきっかけは、よく考えられていますし、すんなり母と息子の対決が実現しないところも、読者をハラハラさせる工夫があります。

それに、最も作者の本気を感じたのは、エピローグでした。

エピローグなどつけなくても、この物語は終えることができたはずです。

その方が、楽だったと思います。

ですが、もう一ひねり、エピローグでしています。

そんなことがある?と感じてしまうほど、少し都合のよい偶然を感じました。

もちろん作者もそこは少し感じたのではないかと勝手に想像します。

ですが、作者はそこを勇気を持って書ききっています。

そして、そんなこともあるかもなと読者に思わせることに成功していると感じます。

なぜそう思えたか。

このエピローグがないと、確かにこの物語は真の意味で完成とは言えないと感じるからです。

そして、その納得感により、読者は、そんなこともあるかも、そんなことがあるといいなと感じて、違和感は霧散するのです。

母を代表することを辞めた明子の次の姿を描かずに、この物語は終われない。

最後まで作者の本気を見た気がしましたし、とにかく物語の最初から最後までよく考えて、真剣に書いているなと思います。

本作品は、2022年に小説現代長編新人賞を受賞していますが、納得です。

4.細かい点(蛇足)

最後に、細かい点にはなりますが、もう少し何とかならないだろうかと思った点もありました。

ネタバレを含みますので、ご注意ください。

① 母と息子とのMCバトル

今までのMCバトルが、鋭い言葉の戦いだったのに対して、いざ、明子と雄大のMCバトルが始まると、そこで交わされた言葉は、単なる親子喧嘩でした。

もっとかましてくれると思っただけに、最初は少し失望しました。

そして、バトルが延長、延長となり、間延びした点も残念でした。

ですが、最後の最後に盛り上がっていたので、これはさすがだなと思いました。

そして、読み終わって、親子でのMCバトルを本当に書こうとすれば、これにしかならないと思い直しました。

ですので、これは欠点ではありません。

むしろ誠実に書いた結果、こうなったのだと思います。

② 2章の展開

一章の展開は完璧です。

始まりは、明子がなぜかMCバトルの会場にいて場違いなシーンから始まります。

なぜそんなところにいるのかという読者の興味を掴むことに成功しています。

そして、一章の終わりは、明子が始めてMCバトルに出場して劇的な戦いをして幕を下ろします。

この一章を読んで度肝を抜かれ、この一章だけで一つの作品としてもおかしくないくらい完成度が高いと感じました。

一方で、2章は明子が息子との対決を決意し、準備する部分になります。

ここで3つほど、展開に違和感を持ちました。

一つ目は、沙羅に一人の男性が告白をします。

この男性についてはそれまであまり描かれていないので、唐突感があります。

沙羅は、この物語で、明子、雄大と並ぶ重要人物です。

そんな沙羅に告白する男性なので、もう少し事前に描いてほしかったと感じました。

二つ目は、MCバトルは、「相手を知るということが一番大事」ということについて、都合のよいタイミングで、沙羅から会話として明子が教えられるということです。

相手を知ることが大切というのは、物語の肝になる部分です。

このため、誰かから直接的に教えられるのではなく、明子自身が悟る展開にした方が、物語がグッと深まったのではないかと感じました。

三つ目は、明子が助産院を訪れる部分です。

息子を想って、アルバムを見たり、物置からへその緒を発見したりというのは、よくあると思いますが、わざわざ息子を生んだ助産院まで行くというのは、不自然さを感じました。

それに、雄大は今まで散々悪さをしてきました。

行くなら、もっと昔に行っていたのではないかと思えますし、その後、物語の上で、助産院が重要な意味を持つ事もないので、ここはアルバムを見たり、へその緒を発見したりするくらいでよかったのではないかと思います。

5.おわりに

いろいろ書きましたが、結論的には、この作品は素晴らしいです。

こんな物語をかけるなんて、本当に脱帽です。

是非、ご一読ください。

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