「隠蔽捜査」今野敏
「隠蔽捜査」という作品をご存じでしょうか。
シリーズで10作品まで出ている、警察小説です。
特に、第一作の「隠蔽捜査」、それから第二作の「隠蔽捜査2 果断」は、警察小説の超名作だと断言できます。
この記事では、「隠蔽捜査」シリーズについて、その面白さを解説していきたいと思います。
主人公の竜崎について
これを読み終えた時は、衝撃を覚えました。
警察小説の革命だと感じました。
その理由は、主人公として設定したのが、現場の刑事ではなく、警察庁長官官房総務課長という、バリバリの警察庁キャリア官僚にしたという点にあります。
今まで、そのような警察小説はなかったのではないかと思います。
主人公の竜崎の魅力を語るためには、警察庁のキャリア官僚とは何か、そして警察組織について、まず簡単に解説したいと思います。
警察庁のキャリア官僚とは
警察庁のキャリア官僚は、エリート中のエリートと言えます。
警察と一言で言っても、竜崎のような警察庁のキャリア官僚から、現場の捜査員や交番の警官など様々です。
そして、警察庁のキャリア官僚と現場の警察官(いわゆるノンキャリア)では、天上人と平民くらいの差があります。
「踊る大捜査線」というドラマをご覧になったことがある人ならわかると思いますが、キャリア官僚の室井警視正とノンキャリア青島巡査との関係は、通常なら交わることのないくらいの階級差があるのです。
なぜそんなに差がついているのか。
それは、採用試験が全く違うことと、スタート時の階級や昇進スピードに大きな差があるためです。
まず、採用試験についてです。
警察庁のキャリア官僚になるには、国家公務員試験の総合職試験に合格した上で、警察庁のキャリア官僚の面接に合格する必要があります。
国家公務員の総合職試験とは、財務省、経産省、文科省、厚労省などのキャリア官僚となるための共通試験です。
この試験に合格すれば、ゆくゆくは各省庁の幹部職員になる道が確保されたと言ってもよいと過言ではありません。
そして、総合職試験合格者の中でも上位者については、財務省、警察庁など、省庁の中でも大きな権力を持つ省庁の面接に行くことが多いです。
つまり、国家公務員総合職試験の合格は当たり前で、かつ成績上位で合格し、警察庁の厳しい面接をクリアする必要があるのです。
そして、そのような数々の関門を潜り抜けた優秀者の中でも超優秀者である警察庁のキャリア官僚の卒業大学は、東京大学法学部がほとんどです。
むしろ東大卒は当たり前で、出身大学では差がつかないため、どこの高校卒業かを話題にするくらいだとも聞きます。
一方の警察官については、警察官採用試験という全く別の試験となります。
簡単とは言えませんが、国家公務員総合職試験と比較すれば、難易度は下がります。
次に、採用時の階級と昇進スピードについてです。
そして、警察庁のキャリア官僚になると、警部補からスタートすることになります。
そして数年で警部となり、階級の階段を駆け上がっていきます。
一方の警察採用試験で警察官になると、巡査からスタートすることになります。
スタート時点で既に二つも階級に差があります。
しかも、巡査から巡査長にあがる際などは、試験があります。
この試験に合格する人数は毎年決まっていますし、試験も難しいと言われています。
スタート時も差があり、またその後の昇進スピードにも差があります。
つまり、一生かけても、ノンキャリアはキャリアに追いつくことができない仕組みとなっています。
警察は、階級社会です。
時には命を懸けた任務がありますので、上官の命令は絶対であり、上下関係をはっきりさせておく必要性から、階級制度が警察にも設けられています。
警察の階級は、巡査、巡査部長、警部補、警部、警視、警視正、警視長、警視監、警視総監です。
上の階級の人の言うことは絶対です。
そして、主人公の竜崎の階級は、警視長。
現場の警官である巡査、巡査部長、警部補などから見れば、雲の上の存在なのです。
主人公の竜崎の魅力について
竜崎は、東大法学部卒のキャリア官僚で、警察庁長官官房の総務課長です。
エリート街道の真ん中を走る人物です。
そして、竜崎の魅力は、物事をシンプルに見るということにあります。
東大以外の大学は行く価値がない。
人間関係に忖度する必要はない。
極めてシンプルで単純明快です。
一見、複雑に見える問題を、単純明快にさばいてみせる人こそ、頭の良い人と言えますが、竜崎は小気味よいほどサバサバしています。
政治家におもねって出世をたくらむキャリア官僚とは一線を画し、純粋に警察組織が役割を発揮できることだけをシンプルに考えているところに、竜崎の最大の魅力があると思います。
竜崎の家庭の問題について
警察小説ですので、事件が発生して、それを解決していくことが作品の本筋になりますが、これに連動するように、竜崎の家族の問題が生じます。
これは、「隠蔽捜査」シリーズ全般において共通しています。
どんなに仕事人間であっても、家に帰り、そこでの生活があります。
事件捜査だけしている人間はいないのです。
家庭での姿や問題を描くことで、竜崎をリアルな人物として描くことに成功していると思います。
同期の伊丹の存在
竜崎と入省同期のライバルとして、伊丹がいます。
ライバル心を燃やしているのは伊丹の方ですが、実は竜崎が警察庁に入ったのは伊丹を見返してやるためでした。
そして、伊丹との掛け合いが、「隠蔽捜査」シリーズで欠かせない要素になってきます。
伊丹は、警察庁キャリア組では珍しい、私立大学卒です。
タイプも全然違う二人。
その二人が、事件や家族の問題を通じて、奇妙に絡み合うところが魅力の一つになっています。
「隠蔽捜査」シリーズでイチオシの作品について
「隠蔽捜査」シリーズは10作品ありますが、中でも
・第一作目の「隠蔽捜査」
・第二作目の「果断 隠蔽捜査」
が群を抜いて素晴らしいと思います。
この二つをまず読んでいただくのがおススメです。
個人的には、第一作目、第二作目、第三作目の順に素晴らしいと感じます。
なお、逆に言えば、回を重ねるごとに、「隠蔽捜査」の魅力が薄れているように感じます。
もちろん、それは第一作目の衝撃が凄すぎたという、名作ならではの事情もあると思います。
ですが、最新作である第10作の「隠蔽捜査10 一夜」を読み終わった後の感想として、竜崎をそろそろ人事異動させてあげた方がよいのではと思いました。
あまり書くとネタバレになりますので、書きませんが、もうそろそろ、警察庁に戻った竜崎を描くべきではないかと、いちファンとしては思うのです。
警察庁に戻ってしまうと、個別の事件に関われなくなるというもどかしさが出てしまうのだと思いますが、竜崎ならその点も克服してくれるのではないかと期待します。
おわりに
まだ「隠蔽捜査」をお読みになったことがない方は、幸運です。
素晴らしい作品をこれから読むことができるのですから。
おススメですので、是非、手に取ってみていただければと思います。