「親切な殺人」 浅田優真
📁新鋭の注目小説 【私の評価】★★★★★(93点)
あらすじ
主人公は、総合格闘家が本職ですが、アルバイトで精神障害を持つ患者の施設で働いています。
この作品の魅力の一つは、総合格闘技の選手と精神障害を持つ患者への生活支援員という、全く結びつかないものを組み合わせている点にあります。
でも、よく考えてみれば、その二つには共通して必要なことがあるのです。
それは強い力です。
特に、強度行動障害を持つ患者の方のケアをすることは、どれほど大変なことか、想像を絶するものがあると思います。
自傷行為や他傷行為を、時には力づくで抑えこむことが、本人の命や生活を守るために必要な場合があります。
人権侵害の象徴として糾弾されたこともある、病院のベッドに患者の身体を拘束するための装具も、この作品には生々しく登場します。
そうしたある意味、私たちが日常生活を送っていれば出会わない、出会っても目をそむけたくなって見なかったことにしてしまうような、タブーについて、この作品は正面から題材にしています。
作品のテーマについて
この作品のテーマ、主題は、「分断」だと思います。
主人公が持つ、住む世界をしっかりと線引きすることが大切だとの価値観が、随所に出てきます。
加えて、もう一歩踏み込みますと、「分断」の「逆転」も描いているのだと思います。
強いものと弱いもの。
虐げるものと虐げられるもの。
できる人間とできない人間。
マウントを取る人間と取られる人間。
それらは、混ぜてはいけない、混ざってはいけないものであり、その世界の境界線は明確にあるべきだというのが、「分断」です。
ですが、その「分断」されたことによる立場は、絶対的なものではありません。
立場が逆転する場合だって、あるのです。
そうしたことを考えた上で、「分断」についての是非を、読者に問いかけているように感じました。
主人公の描き方について
よくある展開としては、主人公がいて、何か出来事が起きて、それに影響されて、主人公の内面に変化が訪れて、新たな結末を迎えるということがあります。
ですがこの作品は、主人公の内面に変化がないように思えるのです。
主人公の内面に影響を与えるような出来事は、複数起こっています。
もしかすると、それによって主人公の内面に少なからず影響を及ぼしたのかもしれませんが、主人公の内面や価値観が変化したかまでは、描かれていません。
むしろ、主人公は「分断」の考え方に固執しているように感じられるのです。
最後の主人公の患者に対する行為を、「競技」と呼んでいることからも、主人公が持っている、マウントをとるかとられるか、マウントをとれば強者になれるし、とれなければ弱者になるという、固定的な価値観は最後までゆるぎないような気がするのです。
ここに作者のこだわりを感じました。
今、世界中で「分断」が生じている中で、「分断」という問題は、そう簡単に変えられるものではない、ものすごく強固で頑丈なテーマだと言えると思います。
そして、「分断」によって、強者と弱者が存在し、強者の強さは半端なものではなく、逆転はそう簡単には起こりえない現実もあります。
「分断」や「強者が持つ絶対的な優位」について、読者に見せつけた上で、改めて考えてほしいという作者の意図が感じられました。
題名「親切な殺人」について
この題名の意味は、この作品の最後に出てくる花井さんの言葉に集約されていますが、その意味が持つ残酷さに身震いしてしまいます。
「殺人」は、本来は「親切」という言葉と結びついてはいけないものです。
殺人は犯罪であり、例え本人に頼まれて殺したとしても、それは嘱託殺人という犯罪になります。
ですが、この作品においては、例えば格闘技において抵抗できない状態で打撃を与え続けることであったり、患者をベッドに縛り付けて身動きができなくすることなど、その人の主体性を奪うことを、広く「殺人」と捉えている気がします。
そして、強者による「親切な殺人」は、日常の中で当たり前のように起こっていることを、示しているのではないかと思います。
おわりに
斬新な作品だと思います。
ただ、どこか救われないというか、あとは読者が自分の身の回りのことに引き付けて、考えるべきテーマだと投げかけられているような気もしました。
刺激があり、考えるきっかけを与えてくれる作品だと思いますので、おススメします。





