慎弥『孤独に生きよ 逃げるが勝ちの思考』 田中慎弥
📁世の中のリアル 【私の評価】★★★★★(90点)
作家 田中慎弥さんについて
著者の田中慎弥さんは、2012年(平成24年)に「共喰い」で芥川賞を受賞した作家さんです。
その時の受賞会見では、
「断ったりして気の弱い委員の方が倒れたりしたら、都政が混乱するので。都知事閣下と東京都民各位のために、もらっといてやる」
などと選考委員の一人であった石原慎太郎さんを挑発するような発言があり、注目されました。
今までの受賞者とは一味も二味も違った人だなと感じたことを覚えています。
実は田中さん、この著書でも触れられていますが、大学受験に失敗して、十五年間も引きこもり生活を続けていたそうです。
それを知って、より一層、受賞の時の田中さんのコメントが面白く感じました。
かたや石原家という名門で、芥川賞も受賞し、国会議員、そして東京都知事までになった石原さん。
もちろん石原さん選考委員の一人でしかないわけですが、構図としては輝かしい道を歩んできた石原さんから、引きこもりを経て、四十歳になって芥川賞という賞を授けられる田中さん。
上にいる選考委員と、選んでいただく立場の候補の作家たち。
立場や位置関係は一目瞭然ですが、受賞会見では、「嬉しいです」でもなく、「今後の励みにします」でもない、「もらっておいてやる」。
痛快で、立場を逆転させる、素晴らしいコメントだと思います。
文学や作家に、上下もマウントもない。
あるのは、一人の孤独な作家としての矜持だけ。
田中慎弥さんの姿勢というものが、凝縮されていたコメントだったと思います。
そのコメントは、とても反響を呼びました。
田中さんは、ふだん考えていることを言っただけなのに、予想以上に騒がれてしまい、正直戸惑いましたと答えています。
注目されたいから言ったわけでもなく、純粋に自分の感想を言っただけなのだろうと思います。
そして、関係ないことで騒がれてしまって、同時に芥川賞・直木賞を受賞して、記者会見を開いた作家の方には申し訳ないと思ったとコメントしていて、意識的に尖った姿勢をとって、自分本位から行った発言ではなかったこともわかります。
とは言え、他の人に対してはさして申し訳ないと思いませんと、また「らしい」発言をされていて、田中さんは面白い作家だと改めて思えます。
「孤独に生きよ」について
政治家が、選挙の時だけコンビニのおにぎりを食べて、SNSにアップする。
こういうのは信用できません。
ですが、本当に孤独に生きている作家が「孤独に生きよ」と述べるのは、説得力があります。
田中さんは、十五年に渡る引きこもり生活をし、しかも作家という一人孤独に戦う道を選び、かつインターネットは使わずに手書きで原稿を書くという、孤独を地で行っている方です。
現代においては、希少な存在ではないでしょうか。
そして、そんなレアな存在である田中さんが語りかけてくる本書は、はっとさせられる箇所が何か所も出てきます。
個人的に最も印象的だったのは、思考停止になっていないかという箇所でした。
ネットのレコメンド機能で、自分の好きなものや、触れていたい情報にだけさらされていないか。
心地よい情報だけで作られた繭の中で、奴隷のように飼いならされていないか。
孤独になって、自分の人生、これでいいのかと自ら考えることこそが大切なのではないか。
現代人にとって、最も欠けていることを鋭く指摘しているのではないかと感じました。
おわりに
自分の人生、このままでいいのかなと悩んでいる方。
人間関係が大変だなと思っている方。
何かにチャレンジしようかどうか迷っている方。
いろんな方に、そっと寄り添ってくれる本だと思います。
おススメです。





