「ギフテッド」鈴木涼美(感想と考察&解説)
📁新鋭の注目小説 【私の評価】★★★★★(98点)
はじめに
この本を手に取った時、ある天才の特別なお話なのかなと予想しました。
ですが、予想は完全に裏切られました。
そして、とても奥が深くて、味わい深い物語になっていました。
私なりの感想と解説を書いてみたいと思います。
一部にネタバレを含みますので、ご注意ください。
ギフテッドとは何か
ギフテッドとは、天から与えられたもの。いわゆる天才に使われることが多いです。
ですが、この作品には天才は出てきません。
主人公は、夜の店で働き、末期がんの母親を抱えた、どこにでもいそうな若い女性なのです。
そして、この作品は、主人公の娘が母親から与えられたものをテーマとして描いています。
母親からギフテッド(与えられた)ものとは
では、母親から与えられたものとは、一体何でしょうか。
それは、火傷です。
母親からライターで火をつけられてできた火傷。
主人公は母親から日常的にDVを受けていたわけではありません。
ただ、その時だけ、母親は明確な意思を持って、娘に傷を付けたのです。
母親はなぜ娘に火傷を負わせたのか
理由は作品中に明確に書かれています。
それは、母親が入院する病室に見舞いに来た、若かりし頃の母親のファンだったという男性の話から、判明します。
母親は夜の街で、シンガーをしていました。
母親は美しい身体を売りにしたくはありませんでした。
歌とショーという芸に誇りを持っていました。
芸で勝負したい、男に媚びて身体を売りにはしたくないと思っていました。
一方で、思春期になった娘も、自分と同じように美しくなっていきました。
母親は、自分の経験を通じて知っていました。
男は、綺麗な女を見せびらかしつつ、醜い女をこっそり愛する生き物だということを。
だから、母親は娘に、綺麗な身体が売り物にならないように、大きな火傷を与えたのです。
娘にとって良いギフトになったのか
残念ながら、結果的には良いギフトにはならなかったと言えると思います。
火傷というギフトを送った母親の想いなど知る由もなく、知ったからと言って受け入れることができるはずもありません。
主人公は火傷の跡を隠そうと、刺青を入れて、母親が忌み嫌った身体を売るという夜の扉を開けて、出ていきました。
母親が与えたギフトは娘に大きな影響を与えましたが、母親の想いとは真逆に作用してしまったと言えると思います。
母親の最後の詩の意味について
これが一番難解に感じました。
「もうすぐ夜がやってきます」
「いいですか?」
(略)
「ドアがぱたりとしまりますよ」
「ドアがしまるとき、かいせつはいりません」
「できれば、しずかにしまるといい」
ギフテッド(鈴木涼美)より
母親は、この詩を、娘の部屋で書きました。
母親は、病身で、娘が自分を置いて夜の街に出て行くのを、見送ります。
この作品の冒頭を思い出してみると、娘はこう言っています。
「夜ごと、この二つの音を聞いて帰ってくる」
「その、扉の蝶番が軋んで鳴る音と、古いピンシリンダーの回転の途中で鳴る音の感覚が、長すぎても短すぎても安心感がない。」
ギフテッド(鈴木涼美)より
娘が夜の仕事に出かけて行く時、残された母親は、開いたドアの蝶番が軋んで出す音を聞いたはずです。
娘の幸せを願って贈った、火傷というギフト。
けれども、自分の願いとは真逆に、娘は夜の街に身体を売りに出かけていく。
ドアが閉まるとき、何でこうなってしまったのだろうと、母親は考えてしまうことでしょう。
「ドアがしまるとき、かいせつはいりません」というのは、なぜそうなったのか、考えても仕方がない、受け入れようという母親の気持ちだと思います。
そして、「できればしずかにしまればいい」というのは、死ぬ間際において娘への罪悪感に苛まれ、後悔している母親の、せめてもの願いだと言えるのではないでしょうか。
そのドアが立てる音が大きければ大きいほど、娘が夜の街に身体を売りに出て行くことの事実を、より鮮明に目の前に突きつけられてしまうのですから。
この詩を読んだ娘の火傷は、もう疼くことはありませんでした。
母親から与えられたギフトは、母親が最後に残した詩と死により、昇華されたのだと言えると思います。
おわりに
とても重い物語でした。
リアルで血が通っている質感がありました。
人生は思うようにはいかない。
いろいろ考えさせられる作品でした。
オススメです。