「ジャッジメント」小林由香(感想と解説)
📁感動小説 【私の評価】★★★★★(100点)
1.はじめに
とても考えさせられる、すごい作品だと思います。
この作品は、第33回小説推理新人賞を受賞していますが、ジャンルとして、ミステリー小説ではなく、感動小説の方が適切だと思います。
それだけ、この作品には、メッセージ性が強く出ています。
自分が何か被害にあったとき、大切な人が被害にあったとき、人はどう思うでしょうか。
加害者にも同じ目にあってほしい。
加害者も同じ目にあうべきだ。
目には目を歯には歯を。
古くからある格言ですが、現代に至るまで、廃れることなく使われます。
ということは、やられたら同じようにやり返すということは、人間の根源的な、当たり前の感情なのだろうと思います。
ですが、現代の日本において、そのような復讐は認められていません。
被害者に代わって、法律が加害者をさばき、司法機関が起訴して判決を下し、刑務所が刑罰を執行する。
刑罰の重さも、刑罰の重さによってあらかじめ量刑が決められており、また、その内容は死刑又は拘禁刑に限られています。
大切な人を殺されたのに、殺した加害者は十五年で出所してくる。
大切な家族が飲酒運転の車ではねられて死んでしまったのに、はねた加害者は数年で出所してくる。
そういった、被害者の無念は、この先もずっと続いて行くことでしょう。
このお話は、「復讐法」という法律が成立した架空の社会を描いています。
復讐法は、犯罪者から受けた被害内容と同じことを刑罰として執行できるというものです。
旧来の法に基づく量刑での執行か、残された家族が自らの手で被害内容と同じことを復讐法により行うか。
家族からすれば、当然、復讐法を選ぶはず。
そして、復讐して、気持ちが少しは晴れて、ハッピーエンド。
となるはずなのですが、そうはならないところに、この作品の凄みがあります。
それでは、以下に感想と解説を書いていきたいと思います。(ネタバレはしないように気を付けています)
2.内容のご紹介
第一話
第一話は、息子をいじめで同級生に殺された父親による復讐のお話です。
父親は加害者の少年に、息子が好きだった食べ物、色、息子に朝陽(あさひ)と名付けた理由など、息子に関する質問をします。
そして、間違えたら、加害者の少年に罰を与えます。
金属バットを振り下ろしたり、ゴキブリを食べさせたり。
それは、死んだ息子がされたことでもありました。
息子を本当に愛して、息子のことは何でも知っている、よい父親。
のはずが、復讐の過程を通じて、父親は自分自身と向き合うことになります。
第二話
第二話は、祖母を殺された母親が、犯人である娘に復讐するお話です。
なぜ娘は祖母を殺したのか。
法廷では語られなかった真相が、復讐しようと母親が娘を殺そうとする中で、展開していきます。
復讐法がなければ、母と娘の語らいは決して生まれなかったのではないか。
復讐法がもたらすものを考えさせられる物語となっています。
第三話
第三話は、通り魔事件です。
被害者は複数います。
被害者の家族たちが相談して、復讐法を選ぶかどうかの話し合いがされます。
そして、被害者の家族の一人に、婚約者を殺された男性がいます。
婚約者は復讐法には反対していましたので、男性は悩みます。
そしてさらに、犯罪に巻き込まれる前に、男性は被害者との婚約を解消しようと考えていました。
自分にとって婚約者はどのような存在だったのか。
被害者と残された者との関係性を見つめ直す物語になっています。
第四話
第四話は、息子を殺された母親が、加害者である息子の友人の母親に復讐するお話です。
この第四話が、最もミステリーの要素が強いと思います。
復讐の過程で、加害者から語られる真相。
真相を突き付けられて、追い詰められているのはむしろ被害者の母親です。
自分は裁く側に座っているつもりが、実は裁かれる側に座らされてしまった。
背筋が凍るようなお話になっています。
第五話(最終話)
最終話は、養父と実の母親に虐待され、餓死した妹の兄による復讐です。
兄の男の子は、復讐法に基づいて、養父と母親に対して、妹と同じように餓死するよう、何も食べ物を与えない罰を執行します。
なぜ妹に辛くあったのか、食べ物を与えなかったのか、自分も妹も生まれてこない方がよかったのか。
男の子は母親に問いかけます。
母親は、決して謝ろうとはしません。
むしろ、妹を見捨てたのは、あなただって同じじゃないのと、辛辣な言葉を男の子に投げかけます。
そして、最後に、男の子は、復讐法の椅子に自ら座って罰せられることを望みます。
誰が裁かれるべきなのか。
復讐法の椅子に座るべきなのは誰なのか。
その椅子に座るべき人間を決するのは、何なのか。
裁くという行為自体が持つ、どうしようもない残虐性が際立つ最終話になっています。
3.おわりに
「先に殴ったのは相手の方だ」
「あいつから先に喧嘩をふっかけてきたんだ」
「相手が約束をやぶったから報いを受けさせるんだ」
このような道理は、現在、世界で起こっている戦争、紛争にも理由として使われています。
やられたらやりかえす。
この作品は、そんな単純な図式ですべてを語ることができるほど、人間同士が作り上げている現実は単純ではないことを呈示しているように感じました。
なお、作者の小林由香さんは、映画祭シナリオコンクールなどで受賞されている方のようです。
ミステリー要素が前面に出ているというよりは、考えさせられる映画を見ているような、そんな気にさせてくれました。
とてもおススメですので、是非、お読みください。