上田岳弘さんの「ニムロッド」を読みました。
2019年に第160回芥川賞を受賞した作品です。
芥川賞受賞作には、比較的、難解な作品が多いので、あまり楽しめない場合もあります。
ですが、本作品は面白いです。
なぜなら、「駄目な飛行機コレクション」が出てくるからです。
例えば、1950年代にアメリカが開発した、原子力飛行機。
墜落すると核爆発が起きてしまいます。
クスっと笑ってしまう要素が、この作品にはあります。
これだけでも、読む価値があるのではないかと思います。
ですが、やっぱり芥川賞受賞作品ですので、よく考えないとわからない部分もあります。
以下に、私なりの感想と解説を書きたいと思います。
1.感想
この作品の感想を一言で言うと、「フワフワとした現実」です。
出てくるのは、駄目な飛行機コレクション、システムエンジニア、仮想通貨、バベルの塔。
そして、感情も音もなく、突然流れる主人公の涙。
いずれも、どこか現実離れしていて、それでいて確実に現実に起きていることなのです。
これこそが、この作品の主題なのではないかと感じます。
私たちが信じているものは、実は強固なものではなくて、人々の妄想の上に成り立っている虚像なのではないか。
そのような現実に生きている主人公の中本、恋人の田代保紀子、友人の荷室(ニムロ)。
フワフワとした現実を生きる彼らが惹きつけられたもの。
それは、ずばり、「駄目な飛行機コレクション」です。
これこそが、彼らにとって、最も現実的な質感を持っているものだったのではないかと思います。
フワフワしている現実の世界の中を、上手く飛べない駄目な飛行機が、明後日の方向に飛んでいく。
そこに、この作品の味わいを感じました。
2.考察&解説
結論から先に言うと、この作品を一言で解説すると、「駄目な人間への賛歌」だと考えます。
駄目な飛行機があったから、飛べる飛行機が誕生した。
駄目な飛行機は無駄ではなく、成功のための尊い犠牲だった。
そんな積み上げ式、発展史観的なことが、本作品の中でも語られます。
ですが、この作品では、そういうことを言いたいのではありません。
むしろ、それと反対のことを言いたいのではないかと思います。
つまり、駄目であることそのものに価値があるということを言いたいのだと思います。
以下に、登場人物を見ながら、解説していきたいと思います。
1.荷室(ニムロ)
一人目は、主人公中本の友人で、小説家を目指す(目指していた)荷室です。
この作品は、荷室の物語が中心になっているので、影の主人公と言っても過言ではありません。
荷室は、新人賞の最終選考に三度落選して、鬱になります。
それからも荷室は小説を書いて、主人公の中本には送ります。
ですが、それ以外の人に見せたり、応募するそぶりはありません。
荷室の書く小説は、中本以外の誰にも見せずにそのまま金庫に入れるような「駄目な小説」なのです。
ここで、勘違いしてはいけないのは、駄目な小説ですが、価値のない小説ということではありません。
価値がなければ金庫には入れません。
価値があるから金庫に入れるのです。
その小説に、意味はないし、展望もない。
「ただ、ごろりとここにあるだけのもの」
でも、だからこそ、価値があるということを、この作品では言いたいのだと思います。
彼は、表現することは誰かの心に文字を通じて何かを記載することであり、世界を支える力になると言います。
それは、誰もが心の奥底に抱えている根源的な衝動で、その衝動が空っぽな世界を支えているとも言います。
ですが、荷室は、結局、予想される未来は今と同じか、それ以上に人間を縛るのだと言います。
荷室は、自分は駄目な人間だと告白し、駄目な飛行機に乗って太陽を目指すことにしたと言って、彼の物語は終わります。
2.田代保紀子
田代保紀子は、世界有数の製薬会社で働くバリキャリです。
また、結婚相手との間にできた子供を遺伝子検査して、異常があったため出産を諦め、離婚したという経験も持ちます。
つまり、田代保紀子は、ドロドロの現実を肩までどっぷり浸かりながら生きる人です。
彼女は、主人公の中本と恋人関係にあります。
また、中本の紹介で、荷室と荷室が書いた小説と出会います。
そして、物語の終盤で、彼女は「疲れたので東方洋上に去ります」とのメッセージを送って、音信不通となります。
「東方洋上に去る」とは、戦時中、特攻機の「桜花」を開発した人物が、自分で作った飛行機により若い人が特攻で死んでいく様を嘆いて、その遺書を書いて、東方の洋上で死のうと思って、飛び立ったことを指しています。
物語の最後のシーンに、「雲一つない空の低い位置に飛行機が白い線を引きながら飛んでいるのが見えた」とあります。
これは、田代保紀子が特攻機の「桜花」に乗って、「東方洋上に去る」シーンを意味しているのだと思います。
「空の低い位置」というのがヒントになっていて、そんな低い位置を飛ぶのは、特攻機くらいです。
彼女もまた、荷室と同じように、駄目な飛行機に乗って飛び立っていった、駄目な人間なのです。
ですが、彼女も荷室も、駄目な自分を認識し、自分の意思で駄目な飛行機に乗ったのです。
そして、「駄目だから価値がない」と見なす現実世界に、別れを告げたのだと思います。
なお、田代保紀子から音信が途絶えたのは、恋人を主人公から荷室に乗り換えたからではないかという邪推が頭をよぎりましたが、よく考えるとそうではないと思います。
理由は、そういう次元ではないと思うからです。
特攻機に乗る決意をした人が、恋にとらわれることはないと思います。
彼女は、現実世界の善悪、価値ありなしの世界線を、駄目な飛行機に乗って脱出していったと考えるべきなのではないかと思います。
3.主人公の中本
彼は、SEであり、観察者です。
彼は、駄目な人間ではありません。
彼は、荷室と田代保紀子を結びつけるための、媒体的な役割だったのではないかと思います。
彼は、意味もなく音もなく涙を流します。
これこそが、荷室と田代保紀子を結びつけた媒体でした。
主人公の名前の「中本」には、ビットコインを作った、サトシ・ナカモトが投影されています。
つまり、主人公は仮想であり、システムであり、世界の基盤・母体なのだと思います。
彼が感情をあらわにすることはありません。
だからこそ、彼が流す涙に感情がないのだと思います。
焦点が当てられるべきは、主人公の中本というよりは、荷室と田代保紀子にこそあると思います。
4.おわりに
荷室も田代保紀子も、泥臭い現実を生きる人で、駄目な人間です。
ですが、最後は、駄目であることをそのまま受け止め、駄目な飛行機に自ら乗って、駄目であることについて、善悪や評価や価値判断がつかない世界に向かって、飛び立ちます。
駄目さは、成功のための犠牲ではありません。
駄目は、駄目のまま価値がある。
駄目であるがゆえに、価値がある。
荷室の言葉で言えば、ただ、駄目が「ごろりとここにあるだけ」です。
「ニムロッド」
この作品は、駄目な人間に対する賛歌なのだと思います。
興味が湧いた方は、是非、ご一読ください。
きっと、面白く感じると思います。