コロナで失ったもの「短編ベストコレクション」井上荒野、荻原浩、小田雅久仁 他

作品解説

『短編ベストコレクション』日本文藝家協会(編)

📁感動小説 【私の評価】★★★★★(98点)

2021年に文芸誌に発表された数多くの短編から、日本文藝家協会の編集委員がセレクトした短編集です。

今まで、あまりこのような短編集を手にとったことはなかったのですが、読んで正解でした。

なぜなら、知らなかったいろんな作家と出会えたからです。

はじめに

2021年というのは、特別な年でもあります。

新型コロナウィルスが猛威を振るった時期でした。

私たちは、コロナにより、実に多くのものを失い、多くの影響を受けました。

この短編集の中にも、コロナの影響を直接的、間接的に受けている作品があります。

コロナが収まった今、改めて読む価値があると思います。

この短編集には、以下の作家の作品が収録されています。

①井上荒野さん「何ひとつ間違っていない」

②荻原浩さん「マスク・オブ・モンスターズ」

③小田雅久仁さん「裸婦と裸夫」

④黒木あるじさん「春と殺し屋と七不思議」

⑤小池真理子さん「ミソサザイ」

⑥佐々木愛さん「加賀はとっても頭がいい」

⑦新川帆立さん「接待麻雀士」

⑧中島京子さん「オリーブの実るころ」

⑨パリュスあや子さん「呼ぶ骨」

⑩湊ナオさん「キドさんとドローン」

⑪矢樹純さん「魂疫(たまやみ)」

このうち、私が初めて知った作家が半分以上でした。

作品から受けた衝撃を含めて、簡単にご紹介します。

① 井上荒野さん「何ひとつ間違っていない」

ある無名の作家と、その作家を担当する編集者である主人公との物語です。

作家の世界は厳しく、仕事は上手くいきません。

一方で、主人公の恋人との私生活は順調に進みます。

まるで、自分の中に自分が何人もいるかのように。

まるで、自分の中にアカウントをもった自分が何人もいるかのように。

そうして生きていくしかない現実の中で、人はどのように折り合いをつけていくのか。

短編小説の極みともいえる、本当に完成度が高い作品だと感じました。

題名の付け方を含めて、すごい、さすがという感想しかないです。

② 荻原浩さん「マスク・オブ・モンスターズ」

とても面白いストーリーです。

しかも、コロナ禍でのマスクを題材にし、身近な生活の中で物語を展開していて、親近感があります。

マスク警察とか、逆にマスクは不要との主張など、当時は様々な意見が吹き荒れましたね。

幸い、そういうこともあったなという程度に遠い記憶になりましたが、コロナによって失われたものが沢山あったことを、改めて思い起しました。

失われたものは返ってこない。

それでも、乗り越えて、前を向いて歩いて生きていく。

この作品は、コロナを経験したすべての人への応援歌のように思えました。

③ 小田雅久仁さん「裸婦と裸夫」

小田さんという作家は、初めて知りました。

ファンタジー作家さんとのこと。

話題作も数多くある方のようで、ご存じの方も多いのではないでしょうか。

知らずに読んだため、まさかこの作品がSF作品のように展開していくとは思わず、余計に衝撃でした。

物語の始まりは、例えばSF、ファンタジー小説にあるように、最初からSFの設定ではありません。

主人公が電車に乗っていると、裸の男性が向こうの車両から歩いてくるという、ある意味、現実世界でも起こっても不思議がないことから始まります(もちろん、そんなことは現実世界で起こってほしくはないですが)。

現実世界からSFに、自然な延長線上で展開されているため、SFがもしかすると本当の近未来になるかのように感じられました。

この短編集の中でも、一番衝撃を受けた作品でした。

④ 黒木あるじさん「春と殺し屋と七不思議」

オチが最高です。

題名は「殺し屋」とあるので、人相が悪い男でも出てくるのかと思いましたが、登場したのは文化庁の外郭団体「祭祀保安協会」の女性でした。

読者の予想を当初から裏切ることに大成功しています。

これ以上書くとネタバレになりますので、やめておきますが、ホラー小説の魅力が余すところなく詰まった作品だと思います。

⑤ 小池真理子さん「ミソサザイ」

さすが小池真理子さん。

この短編集の中でも、最も小説らしさが出ていたことは間違いないと思います。

小説らしさという表現が適切かわかりませんが、小説でないと書けないことが書かれているという印象を持ちました。

ミソサザイというのは、美声で囀る褐色の小鳥の名前です。

計算障害を持つおばの左知子と主人公の小学生の少年との思い出を、情緒豊かに描いています。

豊かな小説だと思います。

⑥ 佐々木愛さん「加賀はとっても頭がいい」

これまた面白い作品です。

最先端と言っていいくらい、新しさを感じました。

最後の展開は、別の方が良かったのではと思いましたが、全体として新鮮さに衝撃を受けました。

好きな人の体温と同じお風呂に入るなんて、どうやったら思いつくことができるのだろうと思います。

新しい風を感じました。

⑦ 新川帆立さん「接待麻雀士」

新川帆立さんの「元彼の遺言状」については、このブログで取り上げました。

『元彼の遺言状』新川帆立 感想と解説&考察 | 感動本書房

新川さんは、弁護士でありながらプロ雀士でもあり、だからこそこの作品にも、その専門性が如何なく発揮されています。

⑧ 中島京子さん「オリーブの実るころ」

中島京子さんと言えば、直木賞を受賞し、映画化もされた「小さいおうち」が有名ですね。

男女の恋は、時代を超えて、様々な形で実るという、一つの例のような作品でした。

⑨ パリュスあや子さん「呼ぶ骨」

これも、衝撃度がすごかった作品の一つです。

窃盗癖がある女子大学生が主人公です。

これだけでも衝撃的です。

ある日、主人公は、荷棚に置かれた荷物を盗みますが、それはなんと、骨壺でした。

そこから、主人公の生活に変化が起きていきます。

窃盗と骨壺。

その組み合わせの妙が素晴らしい作品です。

⑩ 湊ナオさん「キドさんとドローン」

「ドローンにあとをつけられている」

この作品も、発想が見事だと思います。

短編小説は、着想、発想の良さで八割方決まると言っていいのかもしれません。

⑪ 矢樹純さん「魂疫(たまやみ)」

魂に障りがあると、死に顔が歪む。

ホラー小説だともいえるかもしれませんが、軽度認知症の義理の妹の勝子とのやりとりが、現実味を与えています。

ホラーというのは、大げさなものではなく、ごく身近にあるもの、だからこそ余計怖いものだということを思い知らされる作品だと思います。

おわりに

いかがでしたでしょうか。

好みはそれぞれあると思いますが、収められている11作品のうち、あなたに合う作品があることを願っています。

また、短編小説を自らお書きになっている方は、まるで見本市のような作品集だと思います。

あとがきに書かれている解説も、この作品集に一味加えてくれています。

是非、ご一読ください。

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