『妻の終活』坂井希久子
📁感動小説 【私の評価】★★★★☆(80点)
誰にも必ず訪れる死。
そして、自分ではなく、妻が先に死ぬとわかった時、人は自分が死ぬ時とは、また違う準備が必要になります。
それは、自分が死ぬ時と同じくらい、いやそれ以上に、受け入れることが大変なことなのかもしれません。
本書は、「妻の終活」との題名の通り、末期ガンである妻の杏子が、来るべき日に備えて終活するお話です。
それと同時に、今まで仕事一筋でやって来た、夫の一ノ瀬廉太郎が、怒り、戸惑い、希望と絶望の間を揺れ動きながらも、妻の死に向き合っていく物語でもあります。
ずっと勤めてきた会社を定年になり、後輩の指導的立場で社内に残り続けるも、職場から浮いた存在になりつつある廉太郎。
家のことはすべて妻の杏子に任せてきた中で、杏子が癌に侵され余命わずかであることがわかったところから、廉太郎のとまどい、葛藤の日々が始まります。
そんな廉太郎を見て、杏子は、自分がいなくなった後、一人で生きていけるのかと、廉太郎のことを心配し、洗濯の仕方、家の庭の手入れの仕方などを廉太郎に教えたり、今まで杏子一人で参加していた町内会の清掃行事に廉太郎を誘って参加するなど、病を患いながらも、廉太郎のことを気にし続けます。
最近は、ワークライフバランス、男の産休・育休など、男性も女性と同じく家事や育児に参加することが当たり前の社会になっています。
このため、今、バリバリ働いている現役世代の方が本書を読むと、廉太郎について、何て時代遅れの人なのだろうと思うかもしれません。
ですが、廉太郎の世代、つまり、今、高齢期を迎え、ご自身や妻が終活を迎えようとしている方たちが生きてきた現役時代は、夫は会社で働き、妻は家を守るというような価値観が広く共有され、「24時間働けますか」という某CMや、企業戦士という言葉に代表されるように、夫は夜遅くまで残業し、土日も取引先との接待に明け暮れるというような働き方をしていた(させられていた)のですから、廉太郎を一個人として責めることはできないのではないかと感じます。
そして、そんな廉太郎も、杏子や成人した娘たちとぶつかりながら、徐々に、妻の終わりに向けた終活の準備をしていきます。
そんな廉太郎の姿に、静かに胸を打たれます。
誰もがいずれは直面させられる、自分の死と大切な人の死。
今、高齢期を迎えている方は、もしも、自分が杏子や廉太郎の立場になったらと、そして、今、現役世代の方は、もしも自分の親が杏子や廉太郎の立場になったらと、重ね合わせながら、読んでいただきたい作品です。
