また、凄いものを、読んでしまいました。
一言で言うと、怒涛の恋バナをされた気分です。
恋なんて、ひさかたしたことのなくても、この作品を読むと、「ああ、恋って、こんな感じだったなあ」と思い出すことができます。
恋をすると、相手の何の変哲もない筆箱も、この世界でたった一つの価値を持つものに見えたり、恋って、そういう些細なものに宿って光を放つことを思い出させてくれたり。
こう書くと、何だか淡い恋の物語でも綴られているのかと思わせてしまうかもしれませんが、この作品はそんな代物ではありません。
ドラックとレイブと音楽に浸された、十七歳の女子高生である花蓮(かれん)が、一人のぱっとしない男(というと花蓮に怒られますが)に猛烈に恋をするお話です。
花蓮が坂口に惚れるシーンも、本当に恋は、日常の何でもないことから起きるものだと、はっとさせられます。
恋が持つパワーを、こんなに正面から全部出し切って読者にぶつけてくる作品を、私は知りません。
猛烈な恋バナです。
そしてもう一つ、この作品を読んで考えさせられたことがあります。
それは、人物を等間隔で分け隔てなく、一切の偏見をなくして扱っていることです。
この作品には、様々な人物が登場します。
主人公の花蓮、花蓮が恋をする坂口、ドラックを売りさばく奴、花蓮に恋をする奴、ODをする奴、家出する奴、情死する奴など。
それらを全て評価することなく、ただそこにいるものとして扱っています。
普通、高校生の学園ものだったら、友達同士、ぶつかり合ったり、喧嘩したりして、そこにドラマを見出そうとします。
この作品は、対極にあります。
恋という極めて動的なものを描いていますが、動いているのは主人公だけ。
周りはいたって静かなのです。
時々、主人公が距離を詰めますが、それはとても一時的なものに終わってしまっています。
あえて、関係性を構築せずに、構築する必要さえないほど、その存在をそのまま肯定して描きたいという作者の意図が滲み出ているように感じました。
セクハラ、パワハラ、マタハラのようなハラスメントはやらず、コンプラを守って生きていく。
誰もが等しく、全ての人を受け入れて全ての人にとって生きやすい世の中に。
そういうものが正しいこととして、この作品にも強く反映されているのだろうと思います。
一方で、現実世界は分断、区別、差別が広がっている気がします。
どちらがいいと単純に言えるものでもないとは思いますが、作者が大人の世界を描く時に、今の分断の世界をどう描いていくのかという意味で、次の作品はどんなものなのか、ワクワクしてきます。
作者は二十歳の女性とのこと。
これからも、驚かせてくれるような作品、期待したいです。




